目 次
1. クリニックの売却相場
クリニックのM&Aが増えています。今回はM&Aの売却相場と譲渡対価の算定方法を解説します。
(1)開業して10年以上が経過した医院の場合
開業10年以上の開業医は、かかりつけ医として一定の評価を得ているため、医療収益が極端に変わることはありません。
既に軌道に乗っている医院の場合、営業権は前年の院長所得の1年分を設定することが一般的です。
例えば年間所得(院長給与)が2,500万円程度の医院なら、営業権は2,500万円と設定されます。
(2)開業して数年しか経過していない医院の場合
開業して数年の医院の場合は計算式が異なります。
医療収益が拡大を続けている医院では、その“成長性を加味”して試算します。
たとえば、開業2年目で売上3,000万円の医院では、(過去の成長率から想定し)引き継ぎする3年目には、売上4,500万円になると予測できます。
その場合は“成長性を加味”して、売上4,500万円をもとに年間所得を試算し、その1年分を営業権として設定します。
2. 病院/医療法人の売却・売買が行われる背景
病院/医療法人の売却・売買が行われる背景として、次のような理由があげられます。
- 地域医療構想が求める病床機能転換への対応難
- 医療環境の変化に対応できない経営難
- 医師不足で医療人材確保が困難
- 施設・設備費用の負担増
- 異業種からの参入
- 経営者の高齢化と後継者不足
(1)地域医療構想が求める病床機能転換への対応難
厚労省では、少子高齢化対策と医療費削減を目的に地域医療構想を策定し、急性期病床など高コストな病床を削減し在宅医療の普及などを進めています。地域医療構想を推進するため病院の統合や機能集約が求められています。
(2)医療環境の変化に対応できない経営難
「新型コロナウイルス感染症」の影響で患者の受診控えや医療提供体制の変更に対応できず、経営が逼迫する病院が増えています。
医療環境の変化に対応できない病院では資金繰りも厳しく経営難が続きます。
(3)医師不足で医療人材確保が困難
2024年から全ての勤務医に「罰則付き時間外労働上限」が適用され、勤務医の確保が課題です。救急外来・産科・小児科では慢性の医師不足で必要な医療人材の確保が難しく、診療科の廃止や縮小をせざるを得ません。
(4)施設・設備費用の負担増
1990年代前半に日本の病院施設数・病床数が大きく増えました。そのためそのころに開業した築後30年を越える病院の建物と設備、医療機器の老朽化が進んでいます。
医療機器の更新や耐震性対応の建て替えなど、施設・設備の莫大なコスト増で経営難に陥るケースが増加しています。
(5)異業種からの参入
医療以外の分野の企業から、新たに医療業界へ参入する企業による病院・医療法人の買収ニーズが増加しています。
(6)経営者の高齢化と後継者不足
病院経営者である医師の平均年齢は毎年高齢化していますが、後継者がいない病院が増えています。地域によっては、病院の閉院により地域の医療提供体制が大きく崩れてしまう場合もあります。
3. 病院/医療法人の売却・売買マニュアル
病院/医療法人の売却・売買マニュアルとして、売却の流れや注意点などについて解説します。
病院/医療法人の売却・売買の流れ
病院/医療法人の売却・売買の流れを確認します。
- 税理士・専門家への相談
- 資産と経営状態の現状把握
- 経営分析と対策
- M&A仲介会社と業務委託契約締結
- 基本合意書の締結
- デューデリジェンスの実施
- 最終契約の締結
(1)税理士・専門家への相談
まずは、自院の経営状況を把握している顧問税理士・会計士に相談します。M&Aの専門家でない場合でも税理士の関与は不可欠です。
(2)資産と経営状態の現状把握
病院/医療法人の譲渡価格は、譲渡対象資産と経営権(のれん代)の評価額の総額で算定されます。
経営状態の現状把握としては、資産だけでなく負債および現状の医療収益や患者分析などを正しく把握し、現状の経営課題を確認します。
(3)経営分析と対策
円滑に売却・売買を進めるためには、買い手に提示する各書類を過不足なく事前に用意しておく必要があります。資料をもとに譲渡資産や経営権が試算されます。この段階で大事なことは、財務諸表や労務各資料を分析して正しいデータをまとめておくことです。
(4)M&A仲介会社と業務委託契約締結
専門のM&A仲介会社を介して、対象地域・事業規模・譲渡希望価格など幅広く売却先の選定を行います。候補先が見つかったら、M&A仲介会社の仲介のもと交渉に入ります。
(5)基本合意書の締結
基本合意書は、最終締結前に取引内容の基本的な内容を確認する契約書です。
(6)デューデリジェンスの実施
デューデリジェンスとは、買い手側が行う譲渡対象の病院/医療法人の評価・リスクの調査であり、買収監査とも言います。
ここで改めて、買い手側からデューデリジェンスに不足している資料請求があります。
(7)最終契約の締結
デューデリジェンスが完了し、最終契約の締結の段階に入ります。売り手・買い手が互いに合意し、最終的な病院/医療法人の売却・売買が決定します。
4. 病院/医療法人の売却・売買のポイント
こちらでは、病院/医療法人特有の売却・売買のポイントを確認します。
経営権の取得
病院/医療法人の売却・売買で、経営権を移すためには監督官庁による認可手続きが必要です。
(1)社団法人の場合
社団医療法人は全ての社員の同意が得られたときのみ、他の社団医療法人と合併できます(医療法第五十八条の二)。
社員の出資持分を買取り、売り手側の社員に退団してもらいます。
(2)財団法人の場合
財団医療法人は、寄附行為に合併できる旨の定めがある場合に限り、他の財団医療法人と合併できます(医療法第五十八条の二の2)。
意思決定権者の理事・監事・評議員の2/3以上の同意で経営権の引き渡しが認められます。
(3)個人診療所の場合
個人診療所は、売り手は廃業届を出し、買い手が開業届を出します。
(4)M&A手法の選択
病院/医療法人のM&A手法には、合併と事業譲渡の2種類があります。
(5)合併
合併は複数の法人が1つに統合されることです。複数のクリニックを経営する病院/医療法人が合併されると、全てのクリニックが合併先に吸収されます。
(6)事業譲渡
事業譲渡は、複数のクリニックを経営する医療法人が一部のクリニックの資産・経営権を譲渡する場合です。経営状態が悪化した特定クリニックや特定の地域から撤退する時に使われます。
5. 病院/医療法人の売却・売買を行う際に注意すべきこと
病院/医療法人の売却・売買では、病院/医療法人特有の注意点があります。順に解説します。
- 社団法人と財団法人の違いに注意
- タイムスケジュールに注意
- 優秀な医師・看護師の人材流出を注意
(1)社団法人と財団法人の違いに注意
病院/医療法人の売却・売買を行う際の注意点の1つ目は、社団法人と財団法人の違いです。医療法人には、社団医療法人と財団医療法人の2種類があります。
2つの財団は、税制面において相続税の扱いなどに大きな違いがあるため、社団医療法人と財団医療法人の合併はできません。医療法人の99%が社団医療法人なので、実質的には問題となることはないでしょう。
(2)タイムスケジュールに注意
病院/医療法人の売却・売買を行う際に注意点の2つ目は、タイムスケジュールです。
一般的な企業の売却・売買と比較して、病院/医療法人では、自院の経営判断だけでなく地域医療構想に合わせた事業戦略策定が必要です。地域によって必要な行政手続きや期限が限られている場合もあります。
そのため、あらかじめしっかりと承継のタイムスケジュールを立てて、税理士およびM&A仲介会社の担当者と共有し、スケジュールに合わせた進捗管理を行います。
(3)優秀な医師・看護師の人材流出を注意
病院の評価は、優秀な医師と看護師の存在によって変わります。
医師が移動すると医師と一緒に患者が離脱することもよくあります。M&Aで高い営業権の評価を得た場合、承継前に優秀な医師が移動すると営業権の評価が下がるリスクがあります。
承継は最終決定まで内部にも秘密裏に行われるため事前に伝えることはできませんが、日頃から医師・看護師だけでなくスタッフのフォローをしっかり行い、承継前に退職することのないようにします。承継決定後はあらためて承継の趣旨や診療方針や雇用条件も再確認し、医師や看護師などスタッフが不安を抱くことのないようにします。
6. 病院/医療法人の売却・売買案件
医療機関専門のM&A仲介会社も増え、最近では病院/医療法人の売却・売買案件についてネットでも公開されています。登録するとより詳しい情報を得ることができますが、公開情報でも下記のような案件が紹介されています。
(1)A社の公開情報
千葉県/内科クリニック
・内視鏡検査ができる高立地・高収益クリニックです。
売上 :1億8000万円
譲渡価格 :応相談
従業員数 :
創業 :20年
事業形態 :法人
役員報酬 :2,000万円
(2)B社の公開情報
東京都/内科・皮膚科・小児科
・都内の高収益案件
売上 :1億1000万円
売却種別 :事業譲渡
(3)C社の公開情報
三重県/耳鼻咽喉科
・住宅地の中にあるクリニックで駐車場も完備
売上 :1億円
譲渡価格 :2億円
事業形態 :法人
役員報酬 :4,500万円
筆者プロフィール
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