「損益分岐点」はクリニック経営を黒字化するために、経営者として確実に把握しておきたい数値です。実際、新型コロナウイルス感染症の流行直後(2020年4月~6月頃)は、売上が大きく減少し、損益分岐点を大きく割り込んだクリニックも少なくありませんでした。
その後も回復に苦戦したクリニックは多く、苦しい経営状況が続いていたのも事実です。今回の記事では、損益分岐点の意味から計算手順、経営に生かす方法まで詳しく解説します。
損益分岐点とは?
「損益分岐点」はクリニックの経営を黒字化するために、経営分析において確実に知っておきたい要素の一つです。一般的に損益分岐点は以下の式で示され、利益と損益の境目となる売上高を意味します。
損益分岐点=売上高ー総費用(固定費+変動費)
売上高が損益分岐点を超えると「黒字」となり、超えなければ「赤字」となります。損益分岐点の売上高を毎月確保できれば、利益はゼロでも経営を継続することは可能と言えるのです。
では実際のクリニック経営で損益分岐点を求める際にはどのように考えれば良いのでしょうか。損益分岐点は、利益と損益の境目となる数値です。クリニックでは売上高を以下の合計と捉えています。
・窓口の入金額
・社会保険診療報酬の振込額
・自由診療報酬等の入金額
また、クリニック運営に必要な支出=経費と考えます。
すなわち、クリニックの場合の損益分岐点は、以下のようにして求められます。
診療報酬・自由診療の治療費ー経費(固定費+変動費)=±0
それではクリニックで必要となる経費を、固定費と変動費に分けて考えていきましょう。
クリニック経営では、医薬・材料費や医療機器リース費用、医師会費など一般の小売業にはない固定費が発生し、費用が高くなる傾向があります。
小売業は変動費型事業と呼ばれ、固定費が抑えられるため、損益分岐点を見極めれば利益を出すのは比較的容易です。一方、利益(限界利益)が低く、いわゆる「薄利多売」なため、十分な利益を出すためには継続的な集客が必要になります。
反対に、クリニック経営は固定費が高いために損益分岐点も高く、固定費型事業と呼ばれます。利益が出るまでは大変ですが、限界利益が高く、損益分岐点を超えれば利益が出やすくなります。
データをもとに損益分岐点を見極めれば、黒字経営を維持するポイントがわかるのです。
損益分岐点の計算方法
次は、クリニックの損益分岐点を求める計算方法を紹介します。本記事を参考に、損益分岐点を経営分析に役立てましょう。
損益分岐点を求める手順
損益分岐点を求める方法について、順を追って解説します。
1.経費を「変動費」と「固定費」に分ける
損益分岐点を求めるためには、経費を変動費と固定費に分けて考える必要があります。判断が難しい雑費は、固定費か変動費のどちらかを自分で決めて統一しましょう。ある月は固定費、別の月は変動費という流動的な計算方法では、正確な損益分岐点が求められなくなりますので、おすすめできません。判断に迷う場合は、顧問税理士に相談しましょう。
2.変動比率を求める
次は変動比率を求めます。変動比率の計算方法は簡単です。
変動費率=変動費÷医業収入(窓口の入金額と社会保険診療報酬の振込額、自由診療報酬等の入金額の合計)
3.損益分岐点を求める
さらに、以下の式で損益分岐点を求めましょう。
損益分岐点(売上高) = 固定費÷{1-変動費率}
上記の3つの手順で、損益分岐点がわかるのです。
最後に、「損益分岐点を超えるために必要な患者数」を計算しましょう。
その際、「平均患者単価」のデータが必要です。平均患者単価はレセコンのデータで求められます。開業前であれば、厚生局の診療科別平均点数一覧表をもとに概算で計算することも可能です。
損益分岐点(患者数)=損益分岐点の医業収益÷患者単価÷250日(診療日数)
損益分岐点を超えるためには何人の患者数をキープする必要があるか、この方法で簡単に把握できるのです。
損益分岐点を活用したクリニックの経営分析
ー般的なクリニックの損益分岐点となる来院患者数は、診療科によって大きく異なります。厚生労働省の医療施設調査によると、整形外科では100人前後、内科系では50人前後、診療時間が比較的長い指針科では30人前後が目安です。運営するクリニックの損益分岐点と乖離がある場合には、経費の削減や目標売上高を明確化し、経営を再考しましょう。
経費(固定費・変動費)の削減の必要性
損益分岐点が高い場合には、経費を削減する必要があります。人の命を預かる医療機関では「経費削減は難しい」と思われがちですが、経費を見直す際には以下のようなポイントがあります。
クリニックの経営を黒字化させるための経費削減については、以下の記事もご参考ください。
クリニック・病院経営の赤字を黒字化するにはどんな経費削減が必要?
病院の経費削減のコツとは?具体的な手順も解説
損益分岐点を求める手順
損益分岐点を求めると、「〇〇円利益を達成するためには、何人の患者を診れば良いのか」また「患者の単価がいくらになれば良いのか」といった利益計画を作成できます。
そのために、以下の計算式が用いられます。
利益計画達成に必要な売上高=患者数×患者単価-変動比率×患者数+固定費
この計算では、患者単価や患者数ではなく「純粋にいくら稼げばいいのか」と利益到達点を明確にできます。明確な売上高の目標は、モチベーションの維持にもつながりますので、せひ活用してみてください。
損益分岐点比率を求める
クリニックの経営状態を把握する一つの指標として「損益分岐点比率」があります。売上高が損益分岐点のどのくらいの水準なのかを知ることができる数値で、計算式は以下です。
損益分岐点比率(%)=損益分岐点÷売上高×100
この計算では、売上高=損益分岐点の場合には、利益はゼロに近い状態です。
利益ゼロの損益分岐点比率は100%で、数字が小さいほど経営状態が良いと判断します。
以下の表が、損益分岐点比率でみる経営状況の目安です。
安全余裕率を求める
安定余裕比率は、現在の売上高がどのくらい損益分岐点を上回っているかを知る指標です。この指標がプラスであれば、経営状況が黒字であることがわかります。
安全余裕率=(売上高ー損益分岐点売上高)÷売上高×100
安定余裕比率をプラスにして、黒字経営を維持しましょう。
経営分析にレセコンデータの活用を
レセコンは、レセプトコンピューターの略称で医事コンピュータとも呼ばれます。レセプト(診療報酬明細書)を作成するためのコンピューターシステムで、2021年6月時点の普及率は96.3%。現在、国内の診療報酬システムにはなくてはならない存在です。
レセコンの役目は診療明細書の作成・会計・診療報酬請求だけではありません。レセコンが取り扱うデータを活用して、経営分析を行うことが可能です。次では、なぜレセコンのデータが経営分析に活用されるのかを解説します。
損益分岐点などを用いた分析が容易になる
損益分岐点を計算するために必要な「平均患者単価」は、レセコンを活用すればワンクリックで求められます。
それ以外にも、レセコンの活用には以下のメリットがあります。
・期間や年齢、性別、保険など条件を絞った平均単価の計算や比較が簡単にできる
・受け取った現金の計算では「窓口の入金額」のみしかわからないが、レセコンを使うことで診療報酬の振込額を含めた単価がわかる。
さらに経営を黒字化するためには、確実な診療報酬請求が必要です。経営を黒字化するためには、確実な診療報酬請求が必要です。毎月提出するレセプトにミスがあると、査定や返戻により、収入の減額や遅延につながります。減収や遅延により、想定された収入が得られなくなると、最悪の場合、クリニック経営が立ち行かなくなる可能性もあるのです。
集患のための顧客分析ができる
レセコンにはクリニックのデータがすべて蓄積されています。集患がうまくいっていないクリニックの場合には、診療圏調査と、現在の状況が異なっていることが考えられます。
レセコンを活用すれば、以下のデータを把握できます。
・地域・性別・年代など来院患者の特性
・曜日・時間帯別の来院患者数と収益の把握
・どの診療行為や病名が多いかなど、診療の特徴
レセコンデータを有効活用することで、クリニックの特性と診療圏におけるセグメントの情報を客観的に分析できるでしょう。セグメントが把握できれば、新たな設備投資を検討できます。レセコンは診療報酬請求だけでなく、集患のための顧客分析、経営分析にも活用できるクリニック経営の強い味方です。ぜひ、活用していきたいですね。
ポイント
1.クリニック経営には「損益分岐点」を活用した経営分析が必須
2.損益分岐点は「経費=診療報酬(収益)」となる売上高や患者数を目指しましょう
3.損益分岐点を把握すれば、経営の見直しや立て直しも簡単です
4.経営分析にはレセコンデータが役立ちます
5.レセコンデータを有効活用することで、集患に繋げることも可能です