Michael D. O’Neill
スウェーデン・ウプサラ大学の研究チームは、バイオバンクの血液を扱うにあたり重要な発見をしたことを明らかにしました。それは、血液サンプルの保存時間が、サンプリング時の個人の年齢と同じくらい重要な要素であるということです。さらには、サンプル採取季節が血漿中のタンパク質レベルに影響を及ぼし得ることも見出しました。
本研究の興味深い見解は 2016年10月号のEBioMedicineジャーナルにて、「バイオバンク血漿タンパク質濃度に対する長期保存期間とサンプリング月の影響」というタイトルの元、オープンアクセスの記事として掲載されました。ウプサラ研究の主な結論は、貯蔵時間は健康な女性から採取し凍結したバイオバンクサンプル中の血漿タンパク質濃度変動を決定する重要な要因で、それは個々の年齢と同様の効果サイズであり、共変量パラメータとして今後の疫学的研究に含まれるとのことです。本研究のもう1つの主な発見は、血漿中のタンパク質レベルが、サンプルが採取された季節または月によって変わるということです。これらの違いのいくつかは、サンプリング時に被験者がさらされた日光量によって説明することができます。
研究の詳細に入る前に、バイオバンク研究の現状全般を見てみることにしましょう。
バイオバンクは、ヒトの生体組織標本とそれに関連する健康データの集まりです(Hawkins、2010)。収集された体液または組織のサンプルは、長期にわたる研究や医学の進歩を可能にするために、数年間または無期限に保管することとなります。臨床バイオバンクにおける生体分子の安定性と品質は、ライフサイエンスおよびその研究における応用にとって極めて重要なことです。サンプルは、経時的な劣化や損傷を最小限に抑えるように保管し、維持する必要があります。
収集時のサンプルの生体分子組成を長期に渡り維持することは、縦断的研究および遡及的研究において重要な用途を可能にします。また、大量のサンプルを収集することが困難な希少疾患に関する研究において、長期保存の安定性は大いに役に立つことは明らかです。そのため、品質破壊要因の可能性に関する研究結果と品質劣化を最小限に抑える戦略が、バイオバンクサンプルの品質管理の最適化に大いに役立つことが理解できると思われます。
収集されたサンプルの個体の年齢、性別および健康上の要因が考慮すべき重要な要因であることは、以前の研究結果から明らかにされています。異なるタンパク質に対する凍結融解サイクル数の影響(Lee et al.,2015)、サンプルの取り扱い、およびサンプル凍結前の保存プロトコルの短期的な影響(Skogstrand et al., 2008)、および他の個体内変動(Stenemo et al.,2016)などの研究も既に行われています。
では、Stefan Enroth氏(PhD;ウプサラ大学疫学部遺伝学・病理学科計算ゲノミクス准教授)の研究チームが行った本研究の何が特別だったのでしょうか?それは、貯蔵期間や季節の変動を含む上記のパラメータのいずれについても、大規模なタンパク質のセットに対して行われた研究は今回が初めてであるということです。研究の詳細な概要を以下を参照してください。
研究チームStefan Enroth氏、Goran Hallmans氏(Umea大学バイオバンク研究科)、Kjell Grankvist氏(Umea大学臨床化学科)そしてUlf Gyllensten氏(免疫学、遺伝学、病理学科、SciLifeLab Uppsala、Uppsala、Uppsala) は、Vasterbotten Intervention Program(Hallmans et al、2003)で収集された106人の女性からの380種類の血漿サンプルを分析しました。女性達の年齢は29〜73歳でした。最も古いサンプルは1988年に収集され、最新のサンプルは2014年に収集されたものです。サンプルは7月を除いて一年を通して収集されています。スウェーデンでは7月が夏休みであるので、この月にはサンプル収集が行われなかった可能性が大きいと考えられます。保管期間の影響のみを調べるために、サンプル収集時の年齢は50歳に絞られました。
最終的には 92人の個人サンプルから合計108個のタンパク質が分析されました。血漿タンパク質存在量レベルを定量するために、プロクシミティ・エクステンション・アッセイ(PEA)多重分析が採用され、血漿試料を正規化タンパク質発現(NPX)法によって解析し、分析・評価がなされました。 NPX値が高い値を示せばタンパク質発現が多いことを意味します。統計分析はR(R Development Core Team、2014)処理で解析されました。タンパク質レベルに対する貯蔵時間の影響は、最初のサンプル収集日後の年数を変数とし、タンパク質存在量レベルを応答とした線形モデルで計算されました。
結果は驚くべきものでした。
分析結果は、貯蔵時間が単一タンパク質における分散の最大35%を占めることを示しています。より具体的には、18個のタンパク質に影響を及ぼし、観察された分散の4.8%〜34.9%を占めています。保管時間のみによる変化がこんなにもあるということです。以前の研究から、年齢が単一タンパク質の変動の約27%を占める可能性があることが判明しています。本研究結果では、サンプル採取時の年齢が70個のタンパク質に影響を及ぼし、分散の1.1〜33.5%の原因であることが観察されました。季節(一日のうち、様々なレベルの日光曝露時間があった)は36個のタンパク質に影響を及ぼし、タンパク質存在量レベルの変動の最大4.6%を占めています。
本研究は血漿タンパク質レベルに対する貯蔵時間の影響を調べた初めての研究であるため、結果を比較する他の研究が存在していないのが残念です。 Reichert et al(2015)およびVostalova et al(2013)によるUV放射の影響に関する研究は、人間の血漿サンプルに対する紫外線の影響について貴重な洞察を提供しています。
「この発見は、全世界のバイオバンクに対する扱い方法を変えることでしょう」とEnroth氏が言うのもうなずけます。彼の研究チームが導き出した発見は、今後の薬物研究に重要な意味と影響を与えるからです。これらの新しい発見がバイオバンクサンプルの取り扱い方法に変化をもたらし、重要なパラメータが将来の疫学的研究に含まれるようになるので大いに注目するべきでしょう。
参考文献
1. Uppsala Press Release
http://www.uu.se/en/news-media/press-releases/press-release/?id=3392&area=3,8&typ=pm&lang=en
2. EBioMedicine Article
https://www.ebiomedicine.com/article/S2352-3964(16)30394-2/fulltext
3. Hallmans G, Agren A, Johansson G, Johansson A, Stegmayr B, Jansson JH, Lindahl B, Rolandsson O, Soderberg S, Nilsson N, Johansson I, Weinehall L. Cardiovascular disease and diabetes in the Northern Sweden health and disease study cohort — evaluation of risk factors and their interactions. Scand. J. Public Health Suppl. 2003;61:18-24
4. Hawkins AK. Biobanks: Importance, Implications and Opportunities for Genetic Counselors. J Genet Counsel. 2010;19:423-429. doi:10.1007/s10897-010-9305-1
5. Lee JE, Kim SY, Shin SY. Effect of Repeated Freezing and Thawing on Biomarker Stability in Plasma and Serum Samples. Osong Public Health Res Perspect. 2015;6(6):357–362. doi:10.1016/j.phrp.2015.11.005
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7. Skogstrand K, Charlotte K. Ekelund CK, Poul Thorsen P, Ida Vogel I, Bo Jacobsson B, Bent Nørgaard-Pedersen B, David M. Hougaard DM. Effects of blood sample handling procedures on measurable inflammatory markers in plasma, serum and dried blood spot samples. J Immunological Methods. (2008); 336(1):78-84. doi:10.1016/j.jim.2008.04.006.
8. Stenemo M, Teleman J, Sjostrom M, Grubb G, Malmstrom E, Malmstrom J, Nimeus E. Cancer associated proteins in blood plasma: determining normal variation. Proteomics. 2016;16(13): 1928-1937, doi:10.1002/pmic.201500204