Roshini Beenukumar, PhD
研究結果の再現性が悪くなる理由の一つに、解析試料の保全性の悪さが挙げられます。生体試料の品質は時間と共に悪化し、特に解凍過程において顕著となります。更に困ったことには、生体試料が解凍工程に耐えられるのか、そしてどのくらいの時間品質を保てるかを調べる手立てが確立されていません。しかしこの度、アリゾナ州立大学で准教を務めるChad Borges教授の研究チームメンバーによって、保存された血清・血漿試料の保全性を評価する新規的なバイオマーカーが同定されました。
長年の課題-研究結果の再現性
多くの科学的研究指針の中で、最近重要視されている項目として実験結果の再現性が挙げられます。医学研究分野では、保存試料の保全性の悪さに起因する諸問題が頻繁に発生しています。多くの場合、試料の保存・取り扱い・メンテナイスの状況によって、研究下流段階の試料分析や解析に、その試料が使い物になるのかどうかが決まってくるのです。例えばパラフィン包埋組織は室温で保管されるため核酸類の保全性が悪化し、そのあとの研究や診断には不適切になってしまいます。そのような試料はより低温で保存するかホルムアルデヒド以外の固定法を適用すれば、核酸の保全性は向上するのです。
血漿や血清においては、多くの因子が保全性や研究下流段階の試料分析や解析に影響を与えます。試料回収バイアルの種類、試料をバイアルの何%容量入れるか、転倒混和回数、溶血率、遠心分離するまでの時間、解凍状態にしておく時間などが因子として考えられます。
本研究の責任著者であるBorges教授によれば、バイオマーカーの臨床バリデーションが十分でないことにより試料の保全性が保たれないという事です。同教授は「主たる原因の一つは、文献上では疾患の早期発見を目的とするようなバイオマーカーは数多く報告されていますが、その多くのケースではそれを保証する有用なバリデーションがなされていないことです。というのは、探索研究の過程で使用する生体試料の履歴や保全性について判っていないという単純理由にあります。」と説明しています。
堅牢な品質保証のシステムが必須
世界中から集められる生体試料の数は年々増加しています。それに伴って、堅牢な品質保証システムの確立も必要となってきています。バイオバンクを運営していくのに、どうやって生体試料の品質保証をおこない、施設間のバイアスをなくしていけばいいのでしょうか?一つの方法としては、独立の監査団体を作り、丁度ISO認証のように品質保証の標準化をおこなうことが考えられます。しかしながら、これらの標準順守については各バイオバンクの独自の判断に任されているのが現状です。
血漿・血清試料については、本報告に記載されているような品質管理バイオマーカーによって生体試料の品質と保全性を保証することが出来ます。バイオマーカーを用いたアッセイ法が有意である理由は、何千とある生体試料に適応できるうえ、迅速で簡便であることです。血漿と血清試料に適用できる理想的な品質管理用バイオマーカーは下記の要素を満足させるものである必要があります。
- ネイティブな血液試料を対象にすること
- 低容量の試料に適用できること
- 試料前処理が簡単であること
- 開始から終了まで自動化できること
- 安価で且つ迅速であること
内因性バイオマーカー解析による血清・血漿試料の品質管理
Dr.Chad Borgesが率いるアリゾナ州立大学の研究チームは血清・血漿試料の保全性を評価するための、バイオマーカーを用いた高感度の解析法を開発しました。
血清・血漿中に大量に存在するアバンダント・タンパクであるアルブミンは-30℃以上では体外環境において酸化されやすい性質を持っていますが、-80℃に保たれた環境では安定しています。アルブミンが酸化されれば1個の遊離システイン残基がS-システイニル化し、S-システイニルアルブミン(S-Cys-Alb)が形成されます。開発されたバイオマーカー解析法は「S-Cys-Albが最大値となるまで血液試料を定温放置して、定温放置前と最大値との差=ΔS-Cys-Albが体外環境において酸化された割合と反比例するように予め換算しておいて試料の酸化状態を評価する」という方法を用います。簡単に言えば、このテストでは異常な(酸化された)形態のアルブミンへの変化量を質量分析装置を用いて調べるという事になります。解凍状態に放置すればするほど酸化はより進みます。
更には、このバイオマーカーは、ある特定の試料が解凍状態でどのくらい品質が保てるかを計算できます。この特筆すべき特長は、血漿や血清のアルブミンが酸化する化学的スピードを明らかにすることが出来るという事なのです。
ΔS-Cys-Alb は血漿や血清の解析には理想に近いバイオマーカーです。安価で簡単に扱うことが出来、操作の自動化も出来ます。ΔS-Cys-Albは血漿や血清試料がどのくらい室温に晒されていたかを少なくとも2時間は確定することが出来るのです。
ケーススタディ:冷凍庫の不具合によって試料の保全性が保てなかった例を確定
Dr.Chad Borges率いる研究チームはこのバイオマーカーの機能テストをステージⅠ肺がん患者由来血清試料とその対照試料について行いました。これらの試料は経験を積んだ治験医師によって厳密に設定されたプロトコルに従って採取され取り扱われました。しかし驚くことにバイオマーカーの値は疾患群と対照群とで大きな差が出たのです。これは2つの試料間で保全性に大きな違いがあったことを示しています。その原因を詳細に追跡した結果、対称群を保存していた-80℃の冷凍庫が、3-4日続いた悪天候の期間に不具合を起こしていたことがわかりました。
「疾患群と対照群の試料の取り扱い履歴の違いを判別できるようなマーカーが他にどれくらいありますか?」とDr.Chad Borgesは問いかけています。
結論
本研究では内因性バイオマーカー(ΔS-Cys-Alb)による試料の品質管理、特に凍結-解凍を繰り返すような血清や血漿試料の保全性評価に有用であることが明らかになりました。この方法は、低容量試料、自動化、迅速さと安価などが求められる血漿や血清試料の品質管理の要求事項のほとんどをカバーすることが出来ます。よって、このバイオマーカーテスト法は血漿や血清試料解析におけるゴールドスタンダードとなる可能性が十分あると考えられます。
今後の方向性
アメリカ国防省高等研究計画局のグラントによる研究で、質量変化を追跡して曝露状況を解析する方法やエピジェネティックなマーカーを用いて質量変化を起こす物質の前駆体を計測する方法などが進んでいます。血液試料の品質管理をおこなう新しいバイオマーカーテスト法が新たに開発されると考えられます。
参考文献
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https://www.sciencedaily.com/releases/2019/09/190923111612.htm.
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4. Groelz, D., Viertler, C., Pabst, D., Dettmann, N. & Zatloukal, K. Impact of storage conditions on the quality of nucleic acids in paraffin-embedded tissues. PLoS ONE 13, (2018).
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