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iPS細胞と器官チップ技術を用いた神経系疾患のモデル化 コラム|未来を創造するサイエンス

ヒト多能性幹細胞由来血液脳関門-機能的で患者特異的なBBBチップモデル

Roshini Beenukumar, PhD
ヒト血液脳関門(BBB)とはマルチ細胞生理学的な関門であり、血中と中枢神経系との間の物質成分の移動をコントロールしています。Dr. Vatine等がCell Stem Cellに発表した研究では2つの強力な技術つまりiPS細胞と器官チップとを複合化したもので、それによって機能的かつ患者特異的なヒトBBBチップを作り出し、疾患特異的な不具合によるヒトBBBの挙動を正確に模倣していけるようになりました。

血液脳関門

BBBは血管網で構成され中枢神経系(CNS)への「関所」のようなユニークな役割を果たしています。それは血液とCNS間の生体分子やイオン類や細胞の移動を厳密にコントロールしており、もちろん医薬品もその対象となります。他部の血管と同様に血管内皮細胞がBBBを構成する血管の血管壁になっています。このユニークな特性は血管内皮層や脳微小血管内皮細胞(BMECs)に大きく依存しています。

BMECs同士は密着接合して拡散隔膜の役割を担っており高い経内皮電気抵抗(TEER)を持っています。独自の機能を持つ排出移送系(脳から血管へ物質成分や薬物などを排出する)と導入移送系(血管から脳へ栄養成分などを導入する)がBBB内皮細胞上に存在することがわかっています。加えて、BMECsは周皮細胞や星状膠細胞や小グリア細胞やニューロンなどの多くの別のタイプの細胞との相互作用によって誘起されまた保持されています。

星状膠細胞

インビトロ細胞培養BBBモデル

ヒトBBBマルチ細胞培養モデルによって長年に渡りBBBバイオロジーと薬物の脳への移送について研究されてきました。初期のモデルは単離された脳内皮細胞によって構成されていましたが、その後に、グリオーマ細胞や星状膠細胞や周皮細胞のようなBBBを構成する他の細胞との共培養によって作成されるようになりました。これらの細胞培養BBBモデルの多くは、ヒト組織の入手が困難であるため、ブタやウシやラットやマウスの細胞を用いていました。しかし不死化ヒト脳内皮細胞とヒト幹細胞由来内皮細胞とが開発されたので、この問題は回避されるようになったのです。

BBBの疾患モデルは、例えば脳卒中やアルツハイマーやガンや多発性硬化症のような疾患によってBBBがどのように変容するのかを研究できるように設計されてきました。ヒト幹細胞による優れたモデルや患者由来のiPS細胞などの活用が本報告で紹介されていますが、疾患の各状態におけるBBBのバイオロジーの解明や個別治療の研究の進展に大いに役に立つと考えられます。

iPS細胞による機能的完全ヒト型BBBチップと器官チップの技術とは

これまでの研究によって樹立したiPS細胞を分化させてBMEC様細胞を作成できました。これは構造的にも機能的にもBBBとは生理学的なTEERに関しても同様になっています。しかし、iPS細胞由来で樹立したBBBモデルには単層膜用トランズウェルインサートが使われているので、BBBの生体内の微小環境までを十分に反映できているとは言えません。一例を挙げれば、BMECs間での細胞と脳微小血管を構成する他の細胞との相互作用を持たせることが出来ず、せん断力のような生理学的な機械的応力が欠けています。Dr.Vatine等によって開発されたBBBチップは、これらの多くの限界を解決することが出来ました。彼らは器官チップ内部に、iPS細胞由来の機能的なBBBを作り出したのです。

器官チップ技術にはマイクロフルイディクスによる培養流路が採用されており、3次元的に細胞周りの微小空間を模倣しています。一番簡単な器官チップは1式のかん流路によるチェンバーで1種類の細胞を培養するタイプになっています。BBBチップのようにもっと複雑な器官チップは2つ以上のマイクロチャンネルを持っており、多孔質メンブレンで仕切られた両サイドにそれぞれ異なる細胞が培養され、メンブレンの仕切りは生体内での異なる組織間のインターフェースを模倣しています。

本研究で紹介されているBBBチップは、器官チッププラットフォーム上にヒトiPS細胞が乗っており、BMECsと神経系との相互作用が模倣できるようになっています。BBBチップの特長は、(1)生理学的にTEER値と同等で(2)傍細胞透過性が低く(3)器官レベルの炎症信号の応答性を持ち(4)可溶性バイオマーカーを移送でき(5)排出ポンプの機能を持っていることです。

疾患モデル構築と薬物スクリーニングのための個別化されたヒトBBBシステム

神経系疾患

パーキンソン病やハンチントン病やルーゲーリック病のような神経疾患はBBBの傷害と関連しています。個人間の体質のバラつきによって医薬品への応答性が大きく変わります。患者iPS細胞由来の個別化されたBBBチップはこの課題を解決できる可能性を秘めています。この報文では先天性の神経系疾患であるモノカルボン酸輸送体8異常(MCT8)が特徴的な2疾患のモデル(ハンチントン病BBBモデルとAllan-Herndon-Dudley 症候群モデル)について論じられています。このMCT8は甲状腺ホルモンT3の輸送体として通常は機能しているものです。患者由来iPS細胞から再導出されたBBBチップモデルはこれらの患者に観察される不具合を再現します。

MCT8異常モデルBBBチップは、血液-脳間のT3透過能が著しく低い患者に由来したiPS細胞を材料にして作成されており、もう一つは、デキストランFITC分子の透過が著しく増加がしているハンチントン病患者に由来したiPS細胞を材料としています。これらの研究によって、患者由来のiPS細胞を材料としたBBBチップは、BBB機能の個人差のバラつきを予測でき、それに基づいた個別化治療を提供するのに活用されると考えられます。

「研究の成果が示唆するのはプレシジョン・メディシンへの最短な道筋になります。患者特異的でマルチ細胞モデルによるBBBチップは、しっかりした予後予測に基づいた個別化医療を開発する際の標準となるのではないかと思います。」とGovernors 再生医療研究所Cedars-Sinai BoardのPh.D., DirectorであるDr. Clive Svendsenは語っています。

結論

BBBは脳のホメオタシスを調整する厳密な門番です。BBBのバイオロジーを正しく理解することは、この障壁を透過するたけでなく疾患を治療できる薬剤の設計に大変重要であり、BBBの機能は千差万別だという事です。インビトロBBB細胞培養モデルはこれまでしばらく活用されてきて、生理学的にインビボBBBに近い成果を上げてきましたが、常に多くの課題も抱えていました。iPS細胞と器官チップ技術の融合によって、本研究による成果は理想的なインビトロBBBモデルに一歩近づきました。患者由来細胞からBBBチップを作成する方法を用いた疾患のモデル化は、本研究のもう一つの重要なハイライトです。

今後の方向

iPS細胞と器官チップ技術を用いる本研究や類似する他の研究によって、脳の生理学と関連する疾患の理解を進める道筋がつけられました。同時に、更なるBBBモデルの活用によって、どの薬剤が対象の患者に最適に奏功するのかを正確に予測することが出来る日がそう遠くなく、神経系疾患の個別化医療の道筋が整備されてきたと考えられます。

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参考文献

1. Vatine, G. D. et al. Human iPSC-Derived Blood-Brain Barrier Chips Enable Disease Modeling and Personalized Medicine Applications. Cell Stem Cell 24, 995-1005.e6 (2019).

2. Scientists recreate blood-brain barrier defect outside the body. ScienceDaily https://www.sciencedaily.com/releases/2019/06/190606133837.htm.

3. Ribecco-Lutkiewicz, M. et al. A novel human induced pluripotent stem cell blood-brain barrier model: Applicability to study antibody-triggered receptor-mediated transcytosis. Sci. Rep. 8, 1–17 (2018).

4. Helms, H. C. et al. In vitro models of the blood–brain barrier: An overview of commonly used brain endothelial cell culture models and guidelines for their use. J. Cereb. Blood Flow Metab. 36, 862–890 (2016).

5. Orphanet: Allan Herndon Dudley syndrome. https://www.orpha.net/consor/cgi-bin/OC_Exp.php?Expert=59.

6. Daneman, R. & Prat, A. The Blood–Brain Barrier. Cold Spring Harb. Perspect. Biol. 7, (2015).

7. Hypoxia-enhanced Blood-Brain Barrier Chip recapitulates human barrier function and shuttling of drugs and antibodies | Nature Communications. https://www.nature.com/articles/s41467-019-10588-0.

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