Roshini Beenukumar, PhD
研究や臨床目的で使用される生物学的試料の長期保存のためには冷凍保存の技術が大変重要になります。通例では冷凍中に細胞が損傷を受けないように、凍結防止剤(CPAs)を加えます。しかし、凍結防止剤には細胞毒性やその他の副作用があるため、理想的な手段とは言えません。PNAS誌に発表された論文では、日本・信州大学の研究チームがCPAを用いずに動物細胞を冷凍する画期的な方法を紹介しています。凍結防止剤無しで冷凍保存が成功した初めての例となります。
凍結防止剤を使用する理由は?
グリセロール・プロピレングリコール・ジメチルスルフォキシド(DMSO)のような凍結防止剤は細胞が凍結-解凍の間に受ける損傷から守るための化学物質です。凍結保存中に水分の凍結が細胞に与える損傷は2つの異なるメカニズムに依ります:
- 氷結晶によって細胞の形状が破壊されることで生じる力学的損傷
- 水分中に溶解している物質が凍結によって濃縮されることで生じる化学的かつ浸透による損傷
氷が形成される際に、まだ凍っていない(液相状態の)水が細胞を小さなポケットにしまい込む様に取り囲むのです。ここに凍結保護の役割があって、それは細胞を取り込むポケットの容量を大きくして、物理的損傷と化学的および浸透による損傷を防ごうとするものなのです。急速な冷却によって氷の結晶形成が回避できる条件下でガラス化を行えば、凍結防止剤の効果はさらに向上します。しかし、ガラス化は高濃度の凍結防止剤条件で行うのが通例であり、細胞毒性が懸念される方法です。
凍結防止剤を用いる細胞冷凍は良い方法とは言えない
凍結防止剤は細胞毒性や細胞内での様々な有害作用を引き起こします。これは臨床応用の観点からは特に重要な課題であって、一般的な凍結防止剤であるDMSOはある特定の患者群には重篤な有害事象を引き起こすことが報告されています。胚性がん細胞セルラインや多能性幹細胞セルラインのような特殊な細胞タイプでは、その主要な特殊性である多能性や分化能に、DMSOによる敏感な悪影響が見受けられます。トレハロースのような他の凍結防止剤はDMSOと比較すれば毒性は低くなっています。しかしこの方法を使うには、細胞膜表面にトレハローストランスポーターを遺伝子組み換え発現させて、トレハロースが細胞膜を通過できるようにしなければなりません。
つまり理想的な細胞冷凍保存条件は凍結防止剤を使用しないことといえます。超高速冷却法による完全なガラス化は理論的には可能であり、純水に対する結晶化冷却速度(CCRs)は計算されています。しかし、細胞に関しては完全なガラス化は経験的に出来ないと考えられます。都合の良いことに細胞は氷の結晶が小さければ許容範囲でありるので、本研究チームは、ナノサイズの氷結晶しか生じない超高速冷凍法を用いれば、冷凍防止剤を使わなくても細胞の冷凍保存が出来るのではないかと想定しています。
インクジェット細胞プリンティングと複合させた「スーパーフレッシュ冷凍」では凍結防止剤が不要
「スーパーフレッシュ冷凍」と名付けられたこの新規的な細胞冷凍保存技術は、超高速冷却とインクジェット細胞プリンティングとを複合させたものです。本研究の責任著者で信州大学繊維学部機械・ロボティクス学科の准教授である秋山佳丈博士は「超高速冷却の速度は通常の冷凍保存に使われるそれより遥かに高速です。私たちはスーパーフレッシュ冷凍と呼称しており、一切の凍結防止剤を使うことなく生細胞をガラス化して冷凍保存することができるのです。」と説明しています。
インクジェット細胞プリンティング技術を使えば、凍結防止剤不要の超高速冷却速度である毎秒10,000℃にまで到達することができるのです。その方法は、細胞を含む微小の液滴を液体窒素で予め冷却したガラスプレートにプリンティングするようになっています。個体表面ガラス化冷却と呼ばれるこの技術は、液滴を液体窒素で直接冷却するのではなく、液体窒素で予め冷却されたガラスプレートによっておこないます。ほぼガラス化が成されている液体の確認は、2つの独立した方法、すなわちラマン光度計と超高速カメラによる画像解析とによって確かめられます。
この技術によるマウス線維芽細胞3T3の生存能は様々な条件の下で研究されています。滴下サイズをいろいろ変えて調べた結果、40nLサイズの液滴を150μm厚さのプレートに滴下するのが良好な結果を得ることがわかりました。プレート厚さを5μmまで薄くすれば生存能は更に5%向上することも明らかになりました。
スーパーフレッシュ冷却に適するのはどのような細胞か?
マウス線維芽細胞3T3以外について研究チームはスーパーフレッシュ冷却技術を、マウス筋芽細胞C2C12とラット間葉幹細胞とについても適用を試みました。40pLの微小液滴を厚手のガラスプレートに滴下してその生存能を調べた結果、従来の方法による結果と遜色無いことが明らかになりました。CD146やCD73などの細胞表面に発現するエピトープは冷凍−解凍の操作後も同じ様に発現しました。研究チームは更に、多能性幹細胞を含むその他のタイプの細胞にもこの技術を順次試していく予定としています。
結論
冷凍保存は細胞の長期保存に欠かせない技術となってきています。慣習的に、冷凍保存の際には細胞の解凍後にもその生存能を維持するために少なくとも1つ以上の凍結防止剤を加える様になっています。しかし、凍結防止剤は濃度が高くなれば細胞毒性を呈しその他の副作用も引き起こします。それに比べて、信州大学の研究チームが開発したこの新しい技術によれば、凍結防止剤がなくても細胞の冷凍保存ができる様になったのです。超高速冷却とインクジェット細胞プリンティングによって、ほぼガラス化状態の細胞を作成することができる様になりました。さらには、この技術はその他複数の細胞についても適用できることが明らかになっています。
今後の方向性
研究者達はこの技術を更に広い範囲の種類の細胞や研究目的に適用できる様に研究を進めています。スーパーフレッシュ冷凍技術は冷凍固定にも適用できると思われます。これは試料前処理の技術で、軟X線トモグラフィーや高開度クライオライト顕微鏡による細胞イメージングの領域で期待されると考えられます。秋山教授は「この技術を、現行の凍結防止剤ではその多能性や分化能に悪影響を受ける様な多能性幹細胞を含む多くの他のタイプの細胞に適用できたら素晴らしいと考えています。更に進めて、現在他の方法では冷凍保存ができない血球細胞などにも適用できる様になると信じています。」と語っています。
参考文献
1. A new way to ‘freeze’ cells promises to transform the common cell-freezing practice. EurekAlert! https://www.eurekalert.org/pub_releases/2019-04/su-anw042419.php.
2. Akiyama, Y., Shinose, M., Watanabe, H., Yamada, S. & Kanda, Y. Cryoprotectant-free cryopreservation of mammalian cells by superflash freezing. Proc. Natl. Acad. Sci. 116, 7738–7743 (2019).
3. How-Cryoprotectants-Work. Cryonics/Third Quarter 2007. https://www.cryonics.com/Library/pdfs/How-Cryoprotectants-Work.pdf
4. Best, B. P. Cryoprotectant Toxicity: Facts, Issues, and Questions. Rejuvenation Res. 18, 422–436 (2015).