Written by Roshini Beenukumar, PhD
人類がCOVID-19パンデミックによる前代未聞の危機に見舞われている現在、ウイルスの伝染と性質全容の決定的な詳細解明が喫緊の課題となっています。何十年に渡る研究のおかげで、私たちのウイルス疾患に対する理解と対処の仕方については、80年代のエイズパンデミック時と比較すると随分進んでいます。昨年出版されたNature Communications誌による報告では、ドイツHeidelberg大学の研究チームはHIVの(生体内の)伝播は細胞–細胞間の直接接触により起こったことが明かにされています。同研究チームは3次元細胞培養システムと定量イメージング解析とを組み合わせて、コンピューターシミュレーションによってHIVが3次元生体組織様環境においてどの様に伝播したかを研究しています。この研究の結果、従来考えられていたCell–Freeウイルス粒子による伝播よりも、3次元生体組織の微小環境における直接的な細胞–細胞間接触の方が(生体内の)伝播の原因になったことが明かにされています[1;2]。HIV伝播についてのこれらの新たな知見により、HIVやその他の病原ウイルスの挙動について学ぶことができます。
ヒト生体内のHIV伝播機構–これまででわかったこと
HIVの伝播機構についての最もよく研究されている仮説はCell-Freeウイルス粒子に因るもの、つまり感染を受けた細胞がウイルス粒子を放出して他の細胞に感染されるというものです。しかし、ウイルス粒子は細胞と細胞との密接な接触によっても伝播します。この研究ではインビトロ細胞培養モデルによって、細胞–細胞間伝播、即ち、ドナーとなる細胞が相手となる細胞と密接に接触し(ウイルス学的シナプスとして知られる)ウイルス粒子を放出する機構がより影響することがわかりました[3]。HIVは細胞–細胞間の直接伝播によって3次元生体組織環境に蔓延して行くことがこの研究によって証明されました[1;2]。
人工エクスビボ3次元細胞培養モデルによるHIV伝播研究
「ラボにおけるHIVの複製研究では大抵の場合プラスティク製ディッシュを使った簡単な細胞培養によって行われますが、それでは組織の複雑な構造や異種性が反映されません。」とこの研究の責任著者であるHeidelberg大学病院Center for Integrative Infectious Disease Research(CIID)のDr. Oliver Fackler教授は説明しています[1]。2次元形態の実験システムは、HIVの感染を受けるのに望ましい細胞タイプであるCD4T細胞の特徴である高い生物学的運動性の追跡が考慮されていません。そして、そうであるが故に、2次元形態の実験システムでは、CD4T細胞のウイルス伝播におけるHIV由来の運動性低下の影響を観察できないのです。
2次元細胞培養システムの限界性を超えるためにHeidelberg大学の研究チームは、HIV–1感染ヒトCD4 T初代リンパ球をコラーゲンを用いて作成した3次元足場に播種した3次元細胞培養システムを完成させました。病原体放出、感染性、複製ダイナミクス、細胞運動性、細胞–細胞間相互作用そしてドナーと標的細胞の表現型など多くの因子を解析することができるようになったのです。
「これまで他の分野の専門家の助けが無ければ解析出来なかった高い複雑性のデータセットを得ることができるようになりました。」とこの研究の主著であるDr.Andrea Imleは語っています[1;2]。
3次元HIV–1伝播研究で分野の垣根を超えた研究協力―INSPECT–3D
実験チームはイメージ解析、理論生物物理学、そして数学の専門家たちと協力してデータを解析するシステムを作り上げました。この取り組みはINSPECT–3D(生体組織様3次元培養による病原体伝播を研究するための実験とコンピューター解析統合法)と命名され、下記の手順に従ってHIV伝播を段階毎に研究していきます。
- エクスビボヒトCD4 T 3次元細胞培養システムの構築
- 病原体個体群レベルでの病原体伝播データの生成
- 病原体個々の病原体伝播データの生成
- 個体群ダイナミクスの数学モデル
- 細胞運動性と接触パラメータのデータ生成
- 細胞運動性の数学モデル
- 両モデルを組み合わせて統合的感染空間モデルの構築
- 統合的感染空間モデルの実験によるバリデーション
「私たちの分野の垣根を超えた研究協力は、複雑な生物学的プロセスを定量的に解析するために、実験とシミュレーションをどのくらいのサイクルで繰り返し行えば良いかの適切な実例になるでしょう。」とHeidelberg大学理論物理学研究所教授のDr.Ulrich Schwarzは述べています[1]。
3次元培養システムによって、CD4 T細胞の運動性とHIV–1感染によるその減退の様相がインビボで概括出来ました。それに続くデータ解析によって、3次元生体組織環境においてはHIVの細胞–細胞間伝播が優勢であることがわかりました。このような環境ではウイルスの細胞–細胞間の直接伝播が促進される一方で、Cell-Freeウイルス粒子によるHIV伝播は抑制されます。更には、3次元環境での細胞–細胞間HIV–1伝播には2つの特徴があることがわかりました。1つ目は、標的細胞にウイルスが上手く感染するには個々の細胞同士の接触が少なくとも25分は必要であること、そして2つ目は、3次元環境でHIV–1複製が増加するには標的細胞密度が増加すればよいということです。
「私たちのモデルでは、短期間の1細胞顕微鏡写真を長期間の細胞個体群計測にまで統合できます。それによって細胞–細胞接触による感染伝播を最小限の時間で予測することができるのです。」とHeidelberg大学 BioQuantセンターのDr.Frederik Grawは説明しています[1;2]。
結論
HIV–1のCD4 T細胞へ伝播する機構を研究するために、INSPECT-3Dと名付けられた先進的な統合解析法を上手く適用できるようになりました。その結果、生体組織内では細胞–細胞間のHIV-1伝播は、従来考えられていたCell–Freeウイルス粒子状態よりも遥かに優勢であることがわかりました。3次元生体組織環境内では、ドナーと標的細胞との運動性がHIV–1伝播に大きく影響します。数学モデルと組み合わせたエクスビボ3次元細胞培養実験方法は、感染宿主内でのHIV伝播のダイナミクスを理解するために大変役に立つことが明らかになりました[1;2]。
今後の方向
このようなウイルス伝播の詳細解析は、毒性の高い病原体の有効な治療法を開発する力強い助けとなります。研究者たちは、「INSPECT-3Dは感染症研究コミュニティに対して、病原体の伝播の解析を行なうためにエクスビボ生体組織工学の最大の可能性を約束する枠組みを提供するのです。」と確信しています。彼らはまた、HIV伝播についての重要な知見は新しいHIV治療への道を開くことも期待しています。HIV–1以外でも、この方法論は幅広くウイルスやバクテリアや寄生虫などの病原体の研究にも適用できます[1;2]。
参考文献
1. HIV spreads through direct cell-to-cell contact.EurekAlert! https://www.eurekalert.org/pub_releases/2019-07/uoh-hst072519.php.
2. Imle A, Kumberger P, Schnellbächer ND, Fehr J, Carrillo-Bustamante P, Ales J, Schmidt P, Ritter C, Godinez WJ, Müller B, Rohr K, Hamprecht FA, Schwarz US, Graw F, Fackler OT. (2019). Experimental and computational analyses reveal that environmental restrictions shape HIV-1 spread in 3D cultures. Nat Commun. 10, 1–18.
3. Bracq L, Xie M, Benichou S, Bouchet J. (2018) Mechanisms for Cell-to-Cell Transmission of HIV-1. Front Immunol. 9, 260.
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