組織再生・臓器再生は研究する段階から利用できる段階へと近づいている
東京女子医科大学 教授 先端生命医科学研究所 所長 米国 ユタ大学 教授
工学博士 岡野 光夫 氏
バイオテクノロジーの分野で、ポストゲノムの一番手として有力視されているのが再生医学の領域。その最先端の研究を進めている東京女子医科大学先端生命医科学研究所では、従来には見られない発想とユニークなアプローチによって、次々と新技術を確立されています。今回は、岡野光夫所長に、最新の研究内容を語っていただきました。
「私の研究の出発点は、高分子機能材料が生体内でどんな働きや影響があるかという課題でした。自由な発想、独自のアプローチで研究を進めているのが、うちの研究室の特徴です。とにかく人の真似をするのが嫌いで、やる気と能力のある人なら出身大学や学部や経歴は問いませんから、いろいろな人が一緒になって数多くのプロジェクトを進めています。それが新技術を生み出す源泉となっているのでしょう」と岡野所長は、にっこりと微笑まれました。
三洋との共同開発で液晶プロジェクタを用いた表面微細加工技術を開発
●プロジェクタによる細胞のマイクロパターン培養
細胞を接着制御できる高分子マイクロパターン表面の開発には、光反応性試料へフォトマスク越しに光を照射してパターンを焼き付けるフォトリソグラフィーという半導体微細加工技術が利用される。しかし、ガラス板に金属膜のパターンがコーティングされたフォトマスクの作製には、数十万円以上のコストと数週間以上の時間が必要で新技術開発のネックとなっていた。そこで三洋電機バイオメディカと共同開発で、液晶プロジェクタを用いてパソコン画面上に作製したパターンを縮小投影して、フォトマスクなしでパターンニングができる装置を開発した。
パソコン上に描いた世界地図どおりに、培養細胞をパターン化することに成功している。
この技術によって、組織再生、臓器再生に無くてはならない異種細胞の配置培養や、細胞シートの中に血管を配置再生するなどということが可能になりつつある。
「うちの研究室には、医師のほか、工学、理学、薬学分野の人がいます。それぞれが得意な領域を、ひとつの研究テーマに結集できた時、大きな成果が得られます。日本の将来を考えた場合、バイオテクノロジーの分野でも、つねに新しい技術を開発していかなければ、世界をリードしていくことはできません。我々の研究は、その最先端をいっていると思います」と岡野所長。
培養した細胞を壊すことなく利用できる細胞シート工学
●細胞シート工学
第一世代の組織工学は、培養皿で増殖させた細胞を回収するのに、トリプシン(タンパク質分解酵素)で処理していたため、せっかくの細胞がバラバラになり、細胞膜表面の構造も壊れてしまうのが難点だった。
これを克服するために、温度応答性高分子であるポリN-イソプロピルアクリルアミドを、培養皿の表面に固定し、細胞をシート状のまま脱着・回収する手法を確立。培養が完了すると、温度を20℃に下げるだけで細胞シートは、皿から剥がれる。細胞同士を接着させる接着因子も壊れないため、他の組織に移植したり、細胞シートを積層化するのも可能である。
応用例① 角膜の再生
角膜上皮の幹細胞は白目と黒目の境(輪部)にあり、そこから2角の細胞を採取し、細胞シート工学によって再生が可能。口腔粘膜からでも再生できる。角膜細胞シートは5分程度で接着するため、角膜移植のように縫合の必要がない。すでに26、7人の臨床例があり、ベンチャー企業も設立して国の認可が得られれば、世界中へ角膜シートを供給することも将来的には可能である。
応用例③ 歯根膜の再生
心筋細胞シートを積層させると、培養皿の中で拍動する心筋組織が再生できた。これを心筋パッチとして心臓表面に移植すると、心臓と同期して拍動する。ラットの心筋梗塞モデルに心筋パッチを移植する実験では、心筋梗塞の症状が明らかに改善された。
応用例② 歯根膜の再生
これまで歯周組織の再生は、極めて困難だった。歯根膜の細胞で細胞シートを作製し、それを歯周に移植すると、歯周組織が良好に再生できるようになった。
応用例④ 膀胱再建
胃や腸を用いる膀胱再建は、組織の上皮に起因する合併症が問題となっていた。培養膀胱上皮細胞シートを使うと、合併症は起きない。新しい膀胱再建術が開発できた。