目 次
1. 事業を承継した際にスタッフは雇用される?
2018年の厚生労働省の調査*1では、クリニック(20床未満の診療所)開設者の過半数は60歳を超えており、70歳以上も2割となっています。高度成長期の1980年代に開業した診療所は既に30年を超えて、院長の高齢化と建物の老朽化が進んでいます。日医総研の調査*2によると、全国の無床診療所の8割以上が「後継者がいない」と答えています。このような現状で、医療機関においても第3者への事業承継が少しずつ進んでいます。
クリニックの事業承継においては、被承継医院が個人医院であるか、医療法人であるかによって、承継の手続きが大きく変わってきます。
医療法人のM&Aは、旧法の出資持分(財産権)ありの医療法人では、クリニックの土地建物や内装、医療機器等の資産だけでなく、負債(借入金やリース債務など)、医療機器の保守契約、建物の賃貸借契約、従業員との雇用契約、カルテ情報なども包括的に引き継ぎます。
それに対し、個人医院から個人医師への譲渡では事業譲渡契約となり、事業承継といっても、手続き上は現医院を廃業し新たに承継後の院長が医院を開設するという扱いになります。また、個人医院から医療法人への譲渡では医療法人の分院として開設届を出します。
どちらも承継されるのはクリニックの建物、内容、医療機器などの事業に属する有形資産になります。それ以外は原則引き継ぎません。院長個人の負債や医療機器の個別契約、患者カルテ、スタッフの雇用契約は引き継ぎません。
しかし、一般的には円滑な医院経営の引き継ぎと地域の患者を維持するため、患者カルテを「のれん」として引き継ぎ、承継後の医院とスタッフが新たに雇用契約を結ぶことを条件としている場合が多いようです。
*2 参考:日医総研「日医総研ワーキングペーパー 2019年1月8日 」帝国データバンク「後継者問題に関する企業の実態調査(2017 年 11 月 28 日)
*2 参考:日医総研「医療承継に間する実態調査 2019年12月24日 」
2. スタッフを継続雇用させるメリット
クリニックの事業承継においては、他の中小企業の事業承継と同様に、スタッフと顧客(患者)を引き継ぐことで、既に地域で事業基盤を築いている事業を継続できるメリットがあります。
診療科によっても異なりますが、一般的にクリニックは地域密着のため、地元の患者、スタッフを雇用し、地域の医療・介護施設との連携を図っています。患者の信頼を得ているスタッフを維持することで、承継後も患者の離反を防ぐことができます。地域の連携先や地元商店街、取引先情報に詳しいスタッフを引き継げるので、承継後も円滑に業務を継続することができ、短期間でクリニック経営を安定化させることができます。
3. スタッフが継続雇用されないケースとは?
事業承継時にスタッフが継続雇用されないケースは2種類考えられます。
事業承継時の継続雇用に関しては、できるだけ同じ労働条件での継続雇用が望ましいのですが、必ずしも承継側やスタッフの双方にとって、長期的にふさわしい労働条件でない場合もあります。そのため、改めて承継後の理想の労働条件を整備することが必要です。
特に医療法人に引き継ぐ場合は、承継側の労働条件に合わせて調整することになるので注意が必要です。
(1)スタッフから退職を申し出る場合
現院長と長く一緒に働いてきたスタッフの中には、院長のリタイアと一緒に退職したいとか、これを機会に他の仕事をしたいなど、個人的な事情で継続雇用を望まない人もいます。事業承継が本決まりになる段階でひとりずつスタッフの意思を確認すると良いでしょう。
この場合、引き継ぎの準備として他のスタッフに業務を引き継ぐのか、新規に採用するのか、今後の業務配分も含めて早めに検討します。
できれば食事会や記念品など長く働いてくれたスタッフへの慰労の気持ちを示すと良いでしょう。
(2)承継者にとって継続雇用が好ましくない場合
ベテランのスタッフで給料が高く他のスタッフとの労働条件に差があるなど、望ましいことではありませんが勤務態度や言動が不適切なスタッフについては継続雇用が難しい場合もあります。そのスタッフの貢献度により特別条件が院内で納得できるならば継続雇用もありますが、無理して特別条件を出すことはありません。
改めてひとりずつ新院での労働条件を示して、継続勤務の意思を確認しましょう。その上で継続雇用が難しい場合は丁寧に理由を説明し納得していただくことが大切です。解雇されたように受け取られると変な噂の元になりかねません。
4. 継続雇用する際に気を付けたいことは?
クリニックの承継にあたっては、患者もスタッフも引き継げるので、スムーズな開業ができると思いがちですが、注意したほうが良い点も多々あります。
一つは、スタッフと患者に関することです。建物や地盤は引き継いだとしても、新院の診療方針と経営理念については、改めて最初にきちんとお伝えし、新規開業のケジメをつけてください。
現院長とそのチームの良いところを受け継ぎながら、ここは違うというところは、丁寧に説明し理解と共感を得て、新しいチームでスタートすることを意識してもらいましょう。これを丁寧にしておかないと、前はこうだったと新院長が合わせることが当然だと思われかねません。
もう一つは教育に関することです。引き継ぐスタッフにどのような役割を期待するのか、今後の教育方針やどんな成長を期待するのか、これも最初に明確に示しておくことが大事です。
5. その他の事業承継する際のポイント
その他のポイントとしては、3点あります。
(1)引き継ぎ期間の勤務
保険医療の医院の承継では、承継した医療機関は保険医療機関の新規指定申請をします。開設者変更と同時に診療所が継続的に開設され、患者が引き続き受診し続ける場合、開設日に遡り、保険指定を受けることができます。
そのための条件として、譲渡側と引き継ぎ側の医師が一定期間1カ月ほど一緒に勤務することを求められます。その間は、スタッフや患者との関係性も築くチャンスです。
(2)地域連携
最近の診療報酬改定では、クリニックに対し、地域包括ケアシステムに関連する病診連携や介護施設との連携、かかりつけ医機能を求めています。病院には、入退院支援や医療連携の強化等および医療従事者の働き方改革推進を高く評価しています。クリニックに求められるゲートキーパーとしての”かかりつけ医”の役割と地域の病院からの受け皿としての役割を認識し、地域の医療・介護・行政との連携の中での診療体制の整備が必要です。
(3)承継資産の引き継ぎと評価
承継開業では、土地や建物、医療機器など多種多様な資産を引き継ぎます。新規に設備投資するのに比べて、かなり割安で整備された設備を引き継ぐことができるのは魅力です。ただし、引き継ぐ資産と専門医療職については、本当に自院に必要かどうか、冷静に判断しなければなりません。現院長が開業時に過大な設備投資をして、ほとんど稼働していない設備の維持費が負担になっている場合もあります。購入後、時間が経過した古い医療機器の場合は、同機種の新規導入のコスト・保守補修契約と比較しましょう。
院内システムの中には、クラウド化が進んでいるものもあります。最新システムの新規導入とランニングコストもかなり抑えることができます。
まとめとして、事業承継といえども新規開業と同条件で、内装・設備・スタッフ・取引先・患者のあるべき姿を設定した上で、冷静に考えることが大事です。 中でも、スタッフはその後の経営に大きな影響を与える大事な資産です。承継前から、丁寧に良い関係を築いていくことが事業承継成功の秘訣です。
クリニック承継のトラブル事例や対策については以下のリンクも参考にご覧ください。
「クリニック(医院)の承継でよくある失敗・トラブルのケースとそれを防ぐ対策内容に関して 」
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