対談:大塚孝之氏(PHCホールディングス執行役員)
×南杏子氏(医師・作家)

――映画「いのちの停車場」で知る在宅医療の現実――

精緻なモノづくりと
デジタル技術の融合で、
「支える医療」に貢献

精緻なモノづくりとデジタル技術の融合で、「支える医療」に貢献

  • 南杏子氏 
    医師・作家(映画「いのちの停車場」原作者)
  • 大塚孝之氏
     PHCホールディングス
    執行役員

PHCグループはこれまで、糖尿病マネジメント、診断・ライフサイエンス、ヘルスケアサービスの3領域でさまざまな知見と実績を培ってきた。現在、これらの事業にデジタルソリューションを融合させながら、ヘルスケアソリューションプロバイダーへと進化している。高齢化が進む日本で在宅医療が増えていく中、同グループはどのようなソリューションを提供できるか。在宅医療を通して医師と患者、そしてその家族の日常を描いた映画「いのちの停車場」の原作者で医師の南杏子氏と、PHCホールディングス執行役員の大塚孝之氏が、日本の在宅医療のあり方、ヘルスケア企業に求められることなどをオンラインで話し合った。

PHCグループ:2014年にパナソニックグループから独立し、2016年には独バイエル社の糖尿病ケア事業を買収、2018年に現社名に変更した。翌2019年には、米サーモフィッシャーサイエンティフィック社の病理事業と、臨床検査事業などを担うLSIメディエンスがグループの傘下に。その後も、SciMed Asia社、アメリエフ株式会社など買収を重ね、事業強化を図っている。関連グループ会社は世界91社、125カ国で販売網を有する。従業員数(連結)は約1万人。

家で、人の死を看取る難しさ
リアルに伝える

「いのちの停車場」を読み、とても感動しました。これほど真剣に在宅医療と人の最期について取り上げた作品は、これまでなかったように思います。南先生はなぜ、在宅医療をテーマにした小説を書こうと思ったのですか。

過去の私の実体験から言えることですが、病院の中だけで診察をしていると、患者さんは医者にとって「病を患っている人」です。ところが在宅医療で患者さんと接するようになると、患者さんは「いろいろな人生を背景にしている人」だということがダイレクトに伝わってきます。「在宅患者」というと、一人で寂しくつらい毎日を過ごしているとイメージしがちです。でも、退院し在宅に切り替えたからお孫さんとの生活を楽しめるといった喜びや感動が、在宅医療にはたくさん含まれているのです。そうした面をできるだけ多くの方に知っていただきたいと思ったことがきっかけです。

現在の日本では、約8割の人が病院で亡くなります。ですから、家で人の死を看(み)取ることは一般の人にはまだまだハードルの高いことでしょう。このハードルをどのように乗り越えればいいのか、実際にはどんなことが起こりうるかなど、リアリティーをもって感じていただけるとうれしいですね。

映画「いのちの停車場」

映画「いのちの停車場」
作家としても活躍する現役医師・南杏子の在宅医療を描いた話題作を、「八日目の蝉」の成島出監督が映画化。主人公咲和子を演じるのは国民的女優・吉永小百合。「まほろば診療所」のスタッフには、吉永小百合との初共演を果たす松坂桃李と広瀬すず、そして西田敏行が熱演。“いのち”に正面から向き合い、生きる力を照らし出す、心を揺さぶる感動の物語。5月21日公開(配給:東映)。

慢性疾患とともに
増える在宅医療
「治す」から「支える」へ

戦後の日本の医療は感染症の治療が中心でその後、がんなどの病気を治療する急性期医療が発達してきました。病院における入院機能はこの役割を担っています。これからは、特に高齢化が進む日本では糖尿病のような慢性疾患が増え、並行して在宅医療の割合が高くなっていきます。今後は、多くの人が在宅で最期を迎えるようになりそうです。そういう時代になると、医師と患者の向き合い方も変わってきますね。医師は病気を「治す人」という枠を超え、最期を迎えるために「支える人」でもあると、患者側も受け入れることが重要になります。もちろん簡単ではありませんし、いろいろなステップが必要になりますね。

そうですね。在宅医療では、治らない病気を抱えつつ生きていく患者さんも少なくありません。親しい人や懐かしいものに囲まれて自宅で最後まで過ごすことを選んだ方にとって、医療者は「治す人」というよりは「支える人」というイメージに近いと思いました。まずは患者さんと医療者との信頼関係があって、そこから良い在宅医療が生み出されるのだと思います。

南杏子氏:医師・作家(映画「いのちの停車場」原作者)

南杏子氏:医師・作家(映画「いのちの停車場」原作者)

チーム医療に欠かせない
「電子カルテ」
診療所での導入はまだ4割

在宅医療を支えるには、医師同士はもちろん看護師、介護士、薬剤師などチーム医療が欠かせません。しかも患者さんごとに必要なチームが異なる。何らかのIT機器を使った方が便利なのではないでしょうか。

まさにその通りです。高齢者は特に複数の病気を持っている人が多く、一人の医師だけでは不十分な点も出てきます。医師だけでなく、リハビリスタッフ、介護士、薬剤師などそれぞれのスペシャリストが支えるオーダーメイドのチームが必要。チームで24時間365日、患者さんを支えるためには、患者さんの医療情報を共有しなければなりません。わざわざ紙媒体の医療情報をファクスなどでやりとりするのは大変です。チーム医療では、電子カルテが欠かせないと実感しています。

「映画で使われた在宅医療支援電子カルテシステム Medicom-SK」

「映画で使われた在宅医療支援電子カルテシステム Medicom-SK」

映画では、PHC株式会社 メディコム事業部の電子カルテを使っていただいていますが、日本のクリニックで電子カルテを導入しているのは4割ほど。この状況を海外の知り合いに伝えると、びっくりされます。新型コロナウイルス感染症拡大を受け、オンライン診療が一部で導入されたりしていますが、医療の現場に変化はありましたか。

「映画で使われた在宅医療支援電子カルテシステム Medicom-SK」

「映画で使われた在宅医療支援電子カルテシステム Medicom-SK」

オンライン面談、
画像共有――
コロナを機に
医師の意識も変化

ものすごく変わりましたよ。対面ではなくオンラインで面談したり、医師間で画像を共有したりするようになりました。これまで我々医師は、視診、聴診、触診などのリアルな診療が基本だと教育されてきました。誤診を減らすためです。けれどそこにこだわりすぎるとオンライン診療を下位なものに感じてしまう。でも、新型コロナウイルス感染拡大によって状況は一変しました。2次感染が怖い、忙しくて時間がないといった理由で受診が遅れることにより、治療が手遅れになってしまう危険性が生じています。今は技術も進んでいますから、今後はむしろ医師の教育ではオンライン診療で誤診しないための方法も取り入れる方がいいのかもしれません。在宅医療でも、ICT(情報通信技術)などを導入すれば、患者さんが急変したときにもサポートしやすい。家族の負担を軽減できQOL(生活の質)の改善にもつながりそうです。

新型コロナウイルス対策へのPHCグループの貢献では、ファイザー製のワクチン保管に、PHC株式会社バイオメディカ事業部の超低温フリーザーが採用され、とても誇らしく思っています。また、薬用保冷庫やCO2インキュベーターなどを治療薬の開発にご活用いただくなど、多くの側面で医療従事者や研究者の皆様を支援しています。LSIメディエンスでは、臨床検査サービス事業としてPCR検査の受託サービスを実施しています。ほかにも、患者さんご自身による在宅での血糖値モニタリングを支援するアセンシアダイアベティスケアの糖尿病管理ソリューション、より的確ながん診断を実現するエプレディアの病理ソリューションなど、さまざまな分野で貢献しています。

大塚孝之氏:PHCホールディングス執行役員 新しい治療法や新薬、ワクチンなどの研究開発に必要とされるライフサイエンス機器を背景に

大塚孝之氏:PHCホールディングス執行役員 新しい治療法や新薬、
ワクチンなどの研究開発に必要とされるライフサイエンス機器を背景に

PHCグループが、「治す医療」から「支える医療」、また、新型コロナウイルスから「守る医療」まで、幅広く私たちを支援してくれていること、とても心強く感じています。

大塚孝之氏:PHCホールディングス執行役員 新しい治療法や新薬、ワクチンなどの研究開発に必要とされるライフサイエンス機器を背景に

大塚孝之氏:PHCホールディングス執行役員 新しい治療法や新薬、
ワクチンなどの研究開発に必要とされるライフサイエンス機器を背景に

医療費抑制に欠かせない
テクノロジーとデータの活用

血圧や血糖値などは変動するので、24時間常時測定したデータを受け取っているAI(人工知能)が「病院に行った方がいいですよ」とアドバイスしてくれたら、治療だけでなく予防医療にもつながりそうです。また、お薬情報に加え病気の既往歴や健康診断のデータがスマートフォンで見られるようになれば、患者さんも医療者側もとても楽になりますね。PHCグループさんの新しい技術によって、さらによい医療が提供できると心強く感じました。

ありがとうございます。課題はいろいろありますが、日本には国民皆保険という素晴らしい制度があります。制度の維持のためにも、約40兆円にまで膨れ上がった国民医療費抑制のためにも、テクノロジーとデータの活用は欠かせません。個人の医療データの扱いは非常にセンシティブですが、データの共有化が進めば患者さん一人ひとりと向き合える時間を増やすことができます。標準化・マニュアル化できることはAIやITに任せ、医師にしかできない付加価値の高い仕事に時間を回せば医療の質もさらに向上するのではないでしょうか。

PHCグループは、私たちがこれまで培ってきた精緻なモノづくりとデジタル技術を通じて、健康を願うすべての人々に新たな価値を提供できるよう、努力を続けてまいります。未来のヘルスケア、期待してください。

私にとって未来のイメージは、宇宙旅行や自動運転でしたが、医療の未来もSFで描かれているような世界の入り口に来ていることがよく分かりました。せっかく宝のような技術があるのに活用しない手はありません。私たち自身も意識改革していくことが必要だと痛感しました。

高齢化の進行と共に在宅医療や介護に直面する人は今後ますます増えていくでしょう。「いのちの停車場」は、在宅医療のあり方を考えるきっかけになる映画だと思います。公開を楽しみにしています。

※ 日本経済新聞電子版広告特集で2021年3月31日~2021年4月30日に掲載された「精緻なモノづくりとデジタル技術の融合で、「支える医療」に貢献」の転載です。